飽きる冷めるも風しだい

 たまには、いつもとぜんぜんまったく違う話でも。

 ゲームをやる人・やらない人の差は、なかなか大きなものなんだろうと思う。
 僕が小学生の頃はファミコンがドカンと流行った時期なんだけど、自分では持っていなかった。親から買ってやろうかとは言われたものの、結局買ってもらわなかった。まったく欲しいと思わなかったわけでもなくて、でもなんとなく躊躇したっていう...。
 ファミコンとか、それに続くテレビゲームなんかは、もっぱら友達の家でやってました、ハイ。
 自宅では、ゲームウォッチやってましたねぇ。じゃりン子チエとか、ドンキーコングとか。
 このあたりの話は「遊びも楽ではないようで」でも書いているので、繰り返し。事情は変わらないし、囲碁に手を付けてないのも同様。囲碁ではないが、オセロの腕はも少し上げてみたいなと思って、多少の試みがあるようなないような。

 ほんで、今はどうかといえば、iPhone ですねぇ。

 スマホなどでゲームをやるかやらないか、これもまた大差があるけど、めっちゃやり込む人がいるのは言うに及ばず、ドドーン! と課金する人などもいて、ちょっと怖い。
 昔のテレビゲームとの大きな違い。「課金」ですね。オンラインの恐怖。いや、少し違うか。

 僕は基本的に無課金だけど、たまにゲームによっては課金することもないではない。課金する気になれるゲームと、なれないゲームがあるんだよね。
 何がどう違うって、わかんないです。好きか嫌いか、みたいなもんなんでしょうね。
 あと、充分に楽しんだなら、それに対してこちらから出すものがあってもいいでしょ? ゲームの場合はその限りじゃないけど、フリーウェアなどに関しては、純粋にそう思う部分がある。

 iPhone には、使いはじめた頃はゲームをまったく入れていなかった。最初は、あんまりゲームしたくないなと思ってたんだよね。
 ゲームにあれこれ手を出しはじめたのは、

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コレに手を付けた後のことですね。
 まわりで「おもしろい」って言う人がやたらと増えてきて、しばらくしてからのことだ。すぐにはインストールもしなかったので、人よりだいぶ遅れて、ちょっとやってみますか...と。
 思うに、その当時、いわゆる「拡散キャンペーン」のようなものに乗っかってる人がたくさんいたんじゃないかと。たぶん。
 そんな頃の、しかし昔の話なので、今みたいな究極進化だのなんだの、ある意味イッちゃってるプラス機能が付く前のことだ。
 しかしながら、あのコが欲しいっ! は実現していない。未だに。んでそれは、ゴッドフェスだのなんだのでピックアップされるような高人気モンスターではない。フェス、偏りすぎ(個人的希望によれば)。
 ゲームが得意なわけじゃないので、まぁぼちぼちと。今もぼちぼちと。
 過去、何度か課金したことがある。怖い。

 これのインルトールからしばらくしてからだけど、ポツリポツリとゲームもインストールするようになった。あれから、いろんなゲームを入れたり消したりしたなぁ。
 オセロなんかも入ってるけど、パズル系を除いた、今もまだインストールされたままのゲームをいくつか挙げてみよう。
 ただし、ゲーム名はスルーします。アイコンだけに留めて。コラボ中で、いつもと違うアイコンもあるけどね。

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 公開から遅れること半年くらいから始めたゲームで、かつては一番よくやってたし、お気に入りでもあった。
 ここの会社のゲームは、シナリオなどはしっかりしてる印象がある。ストーリーが軽すぎる、もしくはアクロバティックで無理があるゲームが多い中では、めずらしくもあるしおもしろくもある。ただ、逆に理屈っぽくなりすぎることもある。
 キャラの多さも手伝って、しばらくは楽しく遊んでた。でもね、踏破イベントとかいろいろ改変が続いた頃から、あまりおもしろさを感じなくなってきた。
 何度か課金もしたことがあるんだけどね...。おそらく、課金額が最も高い。とても怖い。
 そろそろやめ時かなぁ...なんてぼんやり思ってる今日この頃。

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 最近ログインしかできてないけど、やめる気もないゲーム。
 ユルい。このユルさは嫌いではない。むしろ好き。
 ただひとつ、最強ナントカ決定戦はやる気になれない。あれは、時間を余らせた人と、金持ちのやるものじゃないかと思えてしまう。すべてではないが、結構な数の上位ランカーが弱い。毎度、弱い。マジで弱い。まだ育てきってない僕でも、余裕で勝てる。しかし、時間もない。お金もない。加えてめんどくさい。よって、上位は目指さない。合掌。
 ある意味厄介なことといえば、この決定戦でしか手に入らないアクセがあるってこと。でも、ガツガツやるのめんどくさい。うん、めんどくさいよ。
 他はさほど不満でもないんだよねぇ。UI にはよくできてるとは言い難い部分があったり、今ひとつあちこちこなれてない感があったりするんだけど、あんまり気にしてないんだよねぇ。UI 含めて、ユルさなんでしょうかね。と、そんなね。
 過去、複数回の課金実績あり。上記の2ゲームよりは小額。

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 これは公開初期にインストールして、そのままになってるゲーム。
 本気とはほど遠い、少し触ってるだけって程度でしかプレイしてなくて、しかし完全にやめてもいない。
 おもしろいかっていうと、いろいろ微妙なんだよね。基本的にただめんどくさいゲームだし(上のユルいのとはまったく違う意味で)、内容もさほど魅力がないし、あれ? これって、いいところがないってこと...?
 でも、なんとなく消せずにいる感じ。
 ああ、そうか、アレか。こう...フィギュア収集にも似たような...? うん、そうかもしれない。
 そもそもというかなんというか、この会社のゲームと僕は、あまり相性がよくないようで。
 無課金。もちろん。

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 このあたりは、インストールして触ってみて、ある程度プレイしたものもあるけど最近はマトモにやってなくて、とりあえずログインは続けてるけど、今後どうするかまだ未定...といった位置にある。
 すべて無課金。育てた苦労は、忘れるとしようか。

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 今、一番よくやってるゲーム。1周年記念の前にやりはじめた。
 とはいえやっぱりぼちぼちなので、育てるのは遅いです。カメさんのようにノロイです。カメが本当にノロイかどうかはともかく。
 育てるのは遅いけど、ある程度は放置できるので、今の僕にはちょうどいいとも言える。
 使えるヒーローもそれなりに落ちてくるし、しばらくは飽きなさそうだ。
 マトモにやる気がないとか、一人で適当に楽しめればいいって時は、ギルドにも参加しないし、フレンドも積極的に作らない。その点コイツでは、ギルドには入ってるし、フレンドもぼちぼち。ある意味、今までで一番マトモにやってると言えるのかもしれないなぁ。
 ちなみに、のんびりでも自分の好きなように楽しんでやれればいいじゃないか...と思っちゃったりするので、「とりあえず初心者はアレを育てて、ここをまわって...」みたいな、よくある効率重視の助言にはあまり従わない。困った時には、頼ることもある。でも今回のこれは、始めた時期がよかったのもあるのか、労せずして使って楽しいモンスターが落ちてきたせいでもある。
 宝石の強化が簡単ではない。しんどい。あっちゃこっちゃで大量のゴールドが消費される。やはりしんどい。
 目下、反撃パーティーを育成中といったところ。とりあえず覚醒と特性の活性化ができれば、パーティーに幅ができるかな...と思ってるんだけど、どうなるかなぁ。そしたら、ギルド戦でも楽になりそうな気が...。
 今のところ、無課金。課金してもよさそう。だけど、その必要もないくらいで間に合ってる。

 他にもあるけど、主なものはこんなところで。

 ゲームって、やっぱり好き嫌いとか相性とかあると思うんだよね。同系統のゲームでも、ある人はAの方がいいと言い、またある人はBの方がおもしろいと言う。そういうものなんじゃないかな。
 AかBのどちらがおもしろいかで論争したり、どっちがおもしろいかと尋ねたりしても、あんまり意味がないように思うんだよね。
 自分が楽しめるなら、それでいい。

重宝するのにモノはなし

 この季節、5分丈、7分丈のシャツを重宝する。
 昼間は気温が上がるとはいえ夏ほどじゃないから半袖じゃまだ早い気がするし、かといって長袖じゃもう暑くて耐えられない感じになってしまうし、ええい、こんちくしょう。
 でも、5分丈や7分丈なら、ちょうどいい具合に両対応的に使える。完全両対応なわけじゃないにしても。

 ハンパ丈のシャツ、欲しい。

 いや、持ってはいるんだけれど、も少し数があればな...と。

 洋服探しで困るのはいつものことだが、それでも困り度は違う。5分丈・7分丈のシャツはどうかといえば、よく困るもののひとつなのだ。
 5分丈・7分丈に比べたら、例えば長袖のシャツやTシャツの方がはるかに探しやすい。まだマシっていう程度だとしても。

 サイズがないのは、いつものこと。ええ、いつものことですよ。違うのは、その種数なんですよ。

 例えばネットで。
 アイテムによってはSサイズも置いてるサイトであっても、これ気に入った! ってものに限って、Sがないっ! なんてこともよくあるわけでして。
 なんでこっちはSがあるのに、こっちはないの!? そんな疑問と衝撃に襲われるのです。泣く。

 サイト同士を比べれば、どっちかっていうと、アイテムによって傾向が違うことが多いかな。
 このサイトは、「パンツは OK、シャツは合わん」とか、逆に「パンツはないけど、シャツは合うものがある」とか。
 サイズが合うものがなんにもないことも珍しくない。どっちもあるけど一部だけ...なんてことも、当然ある。そんなもん、ザラです。一部のアイテムに留めないで、それもこれも小さいの作ってください。

 ふぅ。

 しかし、困るのはサイズだけではなかったり。
 サイトのカテゴリーである。この半端な袖丈を、どう分類するか。どのページにどう表示するか。それが、サイトによって違うんだよね。たまに。たまに違うことがある。
 個人的には、「5分丈・7分丈」は半袖や長袖とはわけて、「5分丈・7分丈」でまとめておいて欲しい。でも、長袖や半袖と一緒になってるサイトもある。
 そうしたサイトでは、販売方法がそれに適したようになってるわけでして、それはそれで「ああ、なるほど」と思う。なぜそうなっているのか意図はわかるんだけど、それでも「5分丈・7分丈」だけを見たい時にはやっぱりちょっと不便だなー。そうしたサイトは、ページも長くなりがちだし。
 いろいろと、やっぱり悩みは尽きないのです。

 まぁ何にしろ、サイズがなかったらどうもこうもないんだけどねぇ。

事実と思想を混乱し

 既に時間がたってしまったけれど、里親がウンヌンいうニュースが流れていましたね。
 これについては、多少昔の記事で触れたことがある。それ以外にも思うことはあるけれど、おいおい気が向いたら書くかもしれない。書かないかもしれない。


 さて、先日はD夫人と呼ばれる誰かさんが、無知をさらす代表者のような発言をしていましたね。これに対する指摘は、既に過去に繰り返している。発言内容は支離滅裂で、「結婚」と「自然の摂理」を同列に扱うことの不合理性にも思い至らないご様子(より正確に言い直せば、「個人の結婚観」と「客観的・自明的な自然の摂理」でしょうね)。
 わからないならわからないで、思っているだけで口に出さなければまだマシなのだが、そもそもこうした人たちは「自分にその知識がない」ということがわからないので、なかなかやっかいだ。
 きっとこの類いの発言は、この先まだまだ、ウン十年を越えて続いていくんだろうなー。

 そういえば...というにもちょっと遅すぎるし、これとは毛色が違うのだけど、さらに前のもので、別人による以下のような発言もありました(内容の直接的な色は違うが、根っこは交差する)。

 まるまる引用いたします。

トランスジェンダーの問題。しばしば、彼ら彼女らについて、「あの人は病気じゃありません!そう指摘するのは差別です!」「政府は彼女を正常だと認めて下さい!」と言っている人達がいるが、その彼女に必要なのは、政府のお墨付きではなく、治療だと思う。

レズ、ゲイ、バイセクシャルは「性癖」です。彼ら彼女らは法的に保護されるべきだと、一部の人たちが主張しているが、なぜ個人の趣味である「性癖」を法で保護しなければならないの?じゃあ、SMクラブに通ってるサラリーマンも、国で保護しなきゃね。サドもマゾも性癖なんだし。


 引用、ここまで。

 いやー、何を言っているのか、まったくわかりませんねぇ。指摘や引用が四方八方にズレていることもさることながら、なんら根拠のない発言ですね。
 この発言主個人についてどうこう言う気はない。そこはほっといて、発言内容は意味不明な典型例のひとつなので、これをネタにしてみよう。
「政府は彼女を正常だと認めて」というくだりなどは別の意味で違和感があるんだけど、それは横に置いておきますね。

 言ってることは読んだままなのだけど、ポイントを要約的に簡単にしちゃうと「トランスジェンダーは病気だから治療せよ」「ヘテロ以外のセクシュアリティは性癖・趣味であって、SM と同じもの」「性癖・趣味であるセクシュアリティを保護するなら、SM 癖者も保護せねば(たぶん風刺的な意味で)」というわけですね。
 サッパリちんぷんかんぷんです。事実に基づいていないので。自分の思い込みや決め付けで、好き勝手言っちゃってます。めちゃくちゃ歪んだ、事実を無視した思想です。

 ひとつ、注意を差し挟みます。
 先の「トランスジェンダー」は「性同一性障害(者)」を指しているものと思われますが、ここらあたりの正確さについては、ひとまず横に置いておくといたします。

 残念ながら、妄執に捕らわれた人は、哀れなほど自分の思い込みから逃れられない。この類いの主張をする人には、そんな人が多い。
 性的指向性は、誰にだって備わっている。それがなかったら、ヘテロだって男が女を、女が男を好きにならない。好きになることができない。ゲイとヘテロは、ここが逆なわけですね。ただし、この性的指向性が一方向だけに向くわけじゃない人とか、どこにも向かない人もいる。
 冒頭のトランスジェンダー云々を引いてくれば、一般的な性同一性障害(GID)の人なら性的指向は異性に向くので、ヘテロと同じだ。性自認も、同じと言える。生物学的な性が、「普通の人」と違うだけである。「だけ」といっても、この性自認と生物学的な性が違うという状態が、非常に大きな苦痛を産むわけですが。
 GID を病気や性癖と同じように思っているようだけど、あきれるほどに短絡的ですね。なんとなくの感覚だけで発言しているのがよくわかる。根拠がなく、当事者へ思いを致すこともない。
 どこにどのような治療が必要だというのかなぁ。おそらく、そんな指摘すら的確にできないだろう。病気などではないので、指摘できなくて当たり前なんだけど。それでも「精神が...」とか言い出しちゃったりするんだよね。

 続いて、レズ、ゲイ、バイセクシャルは性癖だという決め付け。もちろんそんな事実はないし、性癖などではない。仮にそれが性癖と呼ぶべきものだとするならば、男が女を、女が男を好きになるということもまた、性癖と呼ばなければならない。誰かが誰かを好きになることは、性癖か?
 こういうの、何を根拠にしてるんでしょうね。まぁ、根拠はないんだけど。ないものは、示すこともできないけど。
 しかし、彼らがしばしば根拠だと思っているものは、いくつかある。
 例えば「生物は子孫を残すことが目的であって、その目的から外れるものは正常ではない」などといった主張があるけれど、これは根拠ではない。それっぽい理屈を、それっぽく吐いているにすぎない。「生物は子孫を残すことが目的」なんて、誰が決めたんだ?
 いや、子孫を残すことは大切な営みではあるわけです。太古より延々と受け継がれてきた、今も絶えることなく続いているものです。生物全体として見れば、ね。
 しかし生物は、それだけが目的で、ひたすら効率を求めるものじゃない。遺伝子というものには、ゆらぎがある。それを含めて、生物は生物足り得るのだ。それがなかったら、その種はむしろ絶滅するだろう。

 ゲイやレズビアンは、性的指向が同性に、バイセクシュアルは両性に向くというだけのこと。性的指向が自分と同じではないからといって、それが正しくないとなぜ言えるのか?
 生まれ持った変えようのないもののひとつが、性的指向だ。性を表現するものは3つあるが、そのうち外部からの力で変更可能なのは、生物学的な性だけである。GID を含んで「トランスジェンダー」については理解できるという人がいるが(この主張の歪みはともかく)、おそらくは、だからこそ、まだ理解しやすいのだろう。
 しかし残りのふたつ、性自認と性的指向は、変更のしようがない。そんなに簡単に変わるものなら、ヘテロの皆さんだって簡単に同性愛者になれますよねー?
 ほんで、「自分と違うセクシュアリティ」を性癖としか見ていないので、SM を例に引いてくるという意味のわからなさ。同列に語ることのできない事項でもって、物事を比較したり例えたりするのは、歪なやり方だろう。
 しかも、SM クラブに通っているヘテロのサラリーマンは結婚できる(もしくはしている)。また、それに伴う法的な保証もありますよ。のっけから、そしてあらゆる点で、セクシュアルマイノリティと比較するには不適当ですね。

 さらにツッコミを入れておきます。
 保護がどうとか言っているけれど、これもおかしな話だ。
 確かに、「保護」のような主張をする人はいる。当事者というよりも、それに関わろうとする第三者に。
 でもね、法的に「保護」する必要はない。「保護」ではなく、生きる上で認められてしかるべきものが認められない状態に放置されているので、それを是正するべきであろう、と。「ヘテロの人たちと同じように、普通に生きたい」と願う当事者が望んでいることとは、一線を画す。
 同じ人間として、当たり前のことを言っているにすぎないのだ。保護しろと言っているのではなくて、当然認められているべきものを認めてよ、と言っているだけなのだ。
 ただそれだけのこと。

逝くこと逝かれること

 僕の望むものについては、先の記事に書いた通りだ。
 ごちゃごちゃしたことは一切不要と思っているので、その内容については説明もしないし、いらないだろう。

 さて、その記事を受けまして、死に対して思うことなどをいくつか。
 死んだらどこへ行くのか? そんなこと、僕は知らない。知らないし、死後の世界なんてなくていいと思ってさえいる。
 無神論者かと言われれば、違う。無宗教者かと問われれば、まぁそれに近いものだということにはなるんだろう。ただ、そう言われても、あるいはそれに近いものなんだろうと思いはしても、なんかピンとこないんだけどね。
 仏とか神とか宗教を否定するつもりはない。仏とか神はいないと主張するつもりもない。信じる人も信じない人も、また自分の宗教や宗派などに対する姿勢や行いがどうであろうと、どうぞご自由に...と。だからといって、不可知論者でもないからねー。
 とにかく、宗教について論議するつもりも、講釈垂れるつもりもないよ。お説教もいらないよ。

 近年は「終活」などという言葉もあって、シニア層には、自分が死を迎える時の準備にいそしむ人もいるそうだ。またそれと絡んで、「墓は立てるな」といった内容の本が売れたりするのだ。
 ここで僕が書いていることは、まるでそれに似た内容にも思えるわけだが、こんなことを考えだしたのは、なにも最近のことではない。いつからだか、もはや自分でもよくわからない。そのくらい昔から、若い頃からのことだ。
「千の風になって」がヒットするよりも、さらには「旅立つ日」が話題になるよりも、もっともっとずっと前のことだ。

 話を少し脇道へ。
 先に書いたことと重複するけれど、僕自身は、葬式って残された人のためのものだと思うんだよね。もちろん、宗教的な意味では、死んだ人のためのものなんだけれど。でも送る側の人にとっては、それが別れの気持ちの整理の第一段階なんじゃないかな。
 特に今の日本じゃ、そういう側面での意味が大きくなってるかもしれない。「葬式宗教」なんて言われたりするけど、そこにも同じような意味があるなと感じるところがある。

 こうした死後に関する思いを表明すると、それはナンタラ教と同じだ、ナニヤラと似ている、ウンタラ教と考え方は同じことだ、ダレソレの言うことと同様だ...だのなんだのかんだの指摘する人がいるものだけれど、僕は、既存の宗教との共通性や類似性が知りたいわけじゃない。魂の救いといったような道にいざなって欲しいわけでもない。僕の知らない(かもしれない)誰かと、思考の類似性を確認したいわけでもない。
 当然ながら、その「正しさ」を検証する必要もない。

 さらに、「千の風になって」のようなものを引き合いにされても、僕は困惑するばかりだ。僕が「お墓はいらないな」などと考えるようになったのは、それを知るずっと前のことだし、その詩の内容のようでありたいとも思っていない。
「千の風になって」で僕と共通するのは、「そこに私はいません」というくだりだけかな。曲の内容を否定するわけじゃないので、勘違いしないでね。

 死んだらどうなるかなんて、僕にはわからない。死んでまだ続きがあるとか、よくわからんし、続きがあったら正直しんどい気もする。あっさりと、なんにもなくていい。
 でも、もし死んでからまだ先があるとしたら、「自由な存在」だとおもしろいかもしれないなぁ。今そう思うだけで、実際はおもしろくないかもしれないけど。
 この意味では、「風を見た少年」には近いものがあると思う。「千の風になって」ではなくてね。


※「風を見た少年」は、小説です。

逝って望むもの

・葬式不要
・墓不要
・即刻焼却
・骨不要
・灰の処分にこだわりなし

 唐突な始まりですが、人それぞれ、死んだ後のことについて希望がある人は少なくないだろう。逆に、一切考えない人もいるだろう。

 僕はどうかといえば、まったく考えていないわけではないけど、事細かにあれこれ希望があるわけでもない。昨今、「終活」などというものが取りざたされることが多くなっているけれど、そうした準備などをしているわけでもない。

 んで、今のところ僕が望むことといえば、冒頭に挙げたことだけだ。

 簡単に言ってしまえば、なんにもいらないよ...と。焼く必要はあるけど、それ以外に望むものはない。
 告別だとか、浄めやら清めだとかもいらない。一切不要だ。だから、死んだら即刻、もたもたせずに迅速に、さっさと遺体を焼いてしまって欲しい。
 骨不要とは、灰になるまで焼く尽くしてしまえ...ということ。納骨もいらないし、拾ってもらいたいとも思わない。

 灰の処分方法についても、こだわりがない。「掃いて捨てる」で問題なし。ただし、現実的には法的な問題もあって、「自由に処分」できるわけではないけどね。
 希望としては、なんにも「特別なこと」はいらないんだよね。

 遺産のことは、考えてない。
 もっとも、残せるほどのものはないんだけれど、ね。

 しかし、ですよ。
 葬式のようなものは、僕としてはいらないんだけど、さらにはその時存在しているかどうかもわからないことだけれど、残されて僕を悼んでくれるような人がもし残っていたとしたら、その人たちにとっては必要なことなのかもしれない。そう考えたりもする。
 思うに、死後の儀式のようなものは、まだ生きている人にとってこそ必要な場合があるんじゃないかと。気持ちの区切りや、整理の期間として。

 だから、せめて代わりの何かが必要だというのなら...。

 冒頭に挙げた僕の希望することのすべてが終わった後で、好きなようにして欲しい。
 僕としては、バッハの「4つの序曲」から「管弦楽組曲 第3番 第2曲」、いわゆる「G線上のアリア」にあたる曲をお祈りの代わりにでも流して、偲ぶなりなんなり好きに過ごしてくれればよろしいかと。

 淡泊と言われようがなんだろうが、僕は何もいらないのだ。

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