詳しくと言われても

 過去の検索キーワードを見ていると、妹背山の詳しい折り方、あるいはわかりやすい折り方が知りたい人が結構いることが伺える。
 しかし端的に言えば、妹背山に限らず連鶴はただの折り鶴の集合である。切り込みを入れて、それぞれひとつの正方形で一羽の鶴を折るだけのことで、折り方と言われても...というのがストレートな最初の感想だ。確かに、連鶴の中には、どうやってその一羽を折るのかがわかりにくいものもあるにはある。あるけれど、基本は「ひとつの正方形で一羽の鶴」であって、これは揺るがない。
 正方形でなくても、鶴は折れるけどね。これは、通常の連鶴には当てはまらない。

 妹背山はどうか。
 紙を見る限りは、非常に単純明快である。ふたつの正方形が並び、切り込みは1箇所。つなぎも1箇所で、しかもつなぎの辺の長さが長い。つなぎが「点」の時は切れることもあるが、その心配もなく、正方形ひとつずつ鶴を折ればいいだけのことだ。一羽ずつの手順としては、普通の折り鶴となんら変わりはない。
 間違えるとしたら、羽の位置である。これは、頭と尾、左右の羽の位置関係さえ間違えなければ、どうということはない。あと、首なり尾なりを折る時に、少し難しく感じるかもしれないなぁ。

 とまあそんなことを思ったりもするわけだが、これって、鶴が折れる人の感覚なんだろうか。折れない人にとっては、簡単なものでもわけわかめで、奇天烈な世界なのかもしれない。
 そういうわけで、僕が妹背山を折る過程を、改めて載せてみようと思う。
 しかし、どのみち一羽ごとに見れば、折り方は一羽の折り鶴となんら変わりがないので、色違いの妹背山とさほど変化のない内容になるけどね(左右色違いの2色の妹背山については「妹背の山に見るものは」参照)。

 では、始めましょう。

 まずは、「秘傳千羽鶴折形」の妹背山の図。
 Imoseyama_tenkaizu.jpg > 妹背山。

 ものすごくシンプルですねぇ。「秘傳千羽鶴折形」の図は、すべてこんな感じである。中には、筆が滑ったのか勘違いしたのか、明らかにおかしな図もある。

 なんにしろ、妹背山は 1:2 の紙があればいいのだ。
 Imoseyama01.jpg > 正方形を半分に切った紙。

 1:2 の紙に、折り目を入れてしまいます。正方形に、十字に折り線を入れる要領で。
 Imoseyama02.jpg > 2等分と4等分。

 正方形ふたつの中央の折り目に沿って、半分ほど切ります。
 Imoseyama03.jpg > 中央を、1/2 ほど切り込む。

 これで、準備は整った。「千羽鶴折形」の図と同様の形になりましたね。
 Imoseyama04.jpg > 同じ向きにしてみる。

 これでここに、鶴を折るのに充分な切り込みがある二つの正方形ができたわけです。
 Imoseyama05.jpg > 正方形と正方形。

 鶴を折るのに充分な切り込み...とは、必要なだけの切り込みなのだ。すべてがつながったままだと折れないからだ。1:2 の紙に切り込みを入れないままだと、鶴は折れない。
 例えば、1/4 ほど切り込んだら? それを綺麗に折れたとしたら、首が半分くらいつながった鶴になる。だけど、ほぼ無理だと言っていい。

 逆に、このような切り込みを入れたらどうだろう。
 Imoseyama_Hyoutanmachi.jpg > 中央を残して切り込む。

 これなら、二羽の鶴を折ることができる。この場合、羽も離れて、お腹のあたりがわずかにつながった鶴ができる。
 ちなみに、四羽がこんな感じで繋がる「瓢簞町」と名付けられた連鶴もある。

 さて、妹背山に戻ります。
 色違いの妹背山でも掲載したが、折り進める前に、改めて頭&尾、左右の羽の位置関係を頭に入れておこう。

 一羽の鶴では、このようになる。
 Orizuru_com.jpg > 頭・尾、羽の位置関係。

 鶴に限らないのだが、折り出される角の位置関係は、どこかひとつの角が決まれば他も決まる。
 折り鶴の場合は、四つの角にくるのは頭・尾・左右の羽である。頭が決まれば、他は決まる。あるいは、羽が決まれば、頭と尾の位置も決まる。
 妹背山は、羽がつながっている。ということは、切り込みを入れた角は頭か尾になり、残した部分(正方形がつながっている部分)は羽にならなければならない。

 と説明されても思い浮かばないかもしれない。

 妹背山での角の位置関係は、こうなる。
 Imoseyama06.jpg > 妹背山での例。

 頭と尾は、どっちがどっちでもたいした問題ではない。一般的には、切った角が頭とされてますが。この写真もそれに従ってるけれど、僕はむしろ逆の方が好きかも。

 ところで、今から一枚の紙で二羽を折ることになる。この時、一羽ずつ完成させることもできるのだが、僕は二羽を同時進行的に折るのが好きだ。昔はより同時進行に近い折り方をしていたけど、今の好みは半同時進行といったところだ。
 以下、一部を除いて、僕の好みで展開する。

 では折り進めましょう。
 ここで僕は、斜めに1本、折り目を追加します。谷折りで。頭と尾になる角を結ぶ折り目ですよ。羽になる角は、くれぐれも折らないように。
 Imoseyama07.jpg > 谷折り。

 これは、マサキ式(仮)での話である。羽に折り目のない折り鶴ができるのだ(「折り鶴の作法」参照)。
 ごくごく普通に折りたい場合は、それぞれの正方形で通常の手順を使って折っていけばいい。三角に折って、もう一度三角に折って、袋を開いて潰して...と。
 ちなみに、垂直方向の線は、山折りになっている。これも、僕のやり方に合わせた折り目である。

 ひとつの正方形につき、それぞれ3本の折り目ができましたね。この折り筋を使って、このまま折り畳みます。すると、瞬く間にこうなります。
 Imoseyama08.jpg > 鶴の基本形の前段階がふたつ。

 通常の折り方で、三角→三角→開いて潰す→開いて潰す...という手順が、これだけでできるわけだ。

 一羽ずつは普通の鶴です。鶴の基本形にいたしましょう。
 鶴の基本形とは、首と尾の部分を細く折る前の段階の形のことだ。この基本形から先、折り方を変えるといろいろなものを折ることができる。その代表格が折り鶴なので、鶴の基本形と呼ばれている。
 Imoseyama09.jpg > 一羽の片側終了。

 Imoseyama10.jpg > 一羽終了。

 Imoseyama11.jpg > その裏側です。

 Imoseyama12.jpg > もう一羽の片側終了。

 Imoseyama13.jpg > 二羽とも終了。

 ここでは一羽ずつ折ったのだが、二羽を同時進行的に折っても、もちろん支障はない。
 また、外側を先に折ったけれど、もちろん内側から折ったって問題はない。これは、好みでしょうね。内側からでも、外側からでも、順番はお好きなように。

 難しく感じる箇所があるとすれば、この二羽目を折る時だ。
 一羽目では余裕があるのでさほどでもないはずだが、二羽目の羽側を中央に合わせて折る時、隣の鶴をひっくり返したりできないので、狭いなぁ...と感じるんじゃないかと思う。
 そんな事情もあるので、次の首と尾を細くする時に、僕は紙がつながっている側の首(尾)から折る。全体としては手順に違いはないのだが、ここだけ「どこから折るか」にこだわるというか、好みがハッキリしてるかも。

 紙がつながっている側...とは、なんぞや。つまり、二羽の羽がつながった側のことなのだが、そこがわからんよ...と言われるかもしれないので。
 Imoseyama14.jpg > つながってる方。

 Imoseyama15.jpg > つながっていない方。

 この2枚の写真でいうと、上の「つながってる方」から折るのだ。こちら側は、一般的には「尾」に、僕の好みでは「頭」になる側である。

 Imoseyama16.jpg > 内側を、細く縦半分。

 写真の通り、首(尾)を二羽とも折ってしまいます。

 Imoseyama17.jpg > 外側も折る。

 もう一方も、折りましょう。
 Imoseyama18.jpg > 二羽とも両側終了。

 あとは、特に困る箇所もないだろう。

 Imoseyama19.jpg > 中割折り。

 Imoseyama20.jpg > 頭を折る。

 最後の羽は、通常の折り鶴と同様に開いても問題ない。
 僕は羽の付け根で折るのが好きなので、そうする。

 Imoseyama21.jpg > できあがり。

 Imoseyama22.jpg > 後ろ姿。

 この通り、折り方というほどの折り方はない。
 やはり一番注意を要するのは、頭(尾)の位置だろうなぁ。

思って書いて考えて

 改装オープンしてから、2年がたちました。のんびりオナニープレイしてるから続いてる感がありありと現れている。隠す気もないし、実際その通りなので、問題ではない。

 当サイトには、いろんな記事がある。
 話題はあっちこっちに飛んでて、脈絡なんてない。ええ、ありませんよ。好きなようにあれこれ書いてたら、こうなるのは当然である。見ようによっては、むちゃくちゃですね。変える気もないけど。
 唯一できるだけ避けてるのは、政治的なネタくらいかなぁ。たまにいくらか含まれている話題もあるけど、そっち側にはあまり突っ込んで行かないようにしている。

 セクシュアリティに関することで書いておきたいことも、ちょこちょこ思い浮かぶ。メモや下書きを眺めるだけでも、あれこれありますねぇ。
 わりと最近で言えば、都某区のパートナーシップ云々に関わる話も、ごちゃごちゃしてる。憲法や民法絡みで、結婚が認められるかどうかとか、そんな話も百花繚乱である。賛否いずれもけっこういろんな動きがあって、人間っておもしろいなと一方で感じつつ、僕は僕で思うこともある。

 でも、そんな話題ばっかりにしたくもない。したくないから、他の話も差し挟む。その時思い付いたことを書くこともあれば、わざと入れることもある。いずれ書きたいなと思って書き留めているネタを仕上げることもある。
 どうしなきゃとか、いわゆる筋の通ったコンセプトがないので、勝手気ままにやるのです。それでいいと思っている。

 いろいろと書いてみると、自分で物事を整理できることもある。あるいは書いた後で、さらに考えることもある。この書き方は失敗だったなぁ...と思うことだってある。
 そんな有用性もあって、昔はもっと日記に近かったサイト運営も、随分変わったなとしみじみ思ってしまったりもする。個人的な有用性だから、読む人には関係ないけど。

 読んだ人がどう思っているかは、知らなし、わからない。アクセス解析やページの遷移を見ることもできるが、面倒だからチェックしていない。
 無理にわかる必要もないと思うので、コメントも BBS のごときものも付けていない。なんらかのフォームくらいは設置してもいいかもしれないけど、まぁ気が向いたら...。
 統計すらあんまり見てないけど、キーワードだけは毎月見てるなぁ。中には笑ってしまうキーワードや意外なキーワードもあってなかなかおもしろいし、新たなネタを思い付くこともあるから。きっと同じ人は読まないけど、返答的な記事を書くこともある。

 About などにも書いてるけど、なんらかの情報を網羅する特定のジャンルに絞られたサイトじゃないからね。交流を目的にしてるわけでもないし。オナニープレイですから。

 ただ、昔のエントリーに関しては、いっそのことなくしておいてもいいかな...とも思っている。ここは、再開当初と気持ちが変わってきている。
 まぁ削除するとしても、おいおいかな。

 いずれにせよ、ひたすら一方通行です。

真っ白になあれ

 シューズも長いこと履いていると、色が変わることがある。
 それが革製品で、いい色が出てきたりするなら、むしろ歓迎されるでしょうね。でも、そんなシューズばかりではない。特に悩ましいと思えるのが、黄ばみである。少なくとも僕にとっては、悩みとなる。

 スニーカーと呼ぶこともあるが、アディダスとかナイキとか、合成皮革でもキャンバスでもなんでもいいけど、カジュアル系(?)の各種シューズがある。その白いソールである。これが、経年劣化などで黄色くなることがある。不思議なほどに変色する。何もしていないのに、見事なまでに黄色くなるのだ。
 たとえ黄ばんでも、「これがビンテージ感あっていいんだよ」という人は、そのままで幸せになれるので問題ない。しかし、ソールまわりは白がいい! と思う人もいる。僕のように。
 こういう人は、少なくないのではないかと思う。しかとはわからないけど。ネットを検索すると、ブログやら Q&Aサイトやら、似たような内容の情報がたくさんヒットする。質問サイトも、複数の人が類似の質問を繰り返してるっていうね。

 今はソールまわりの話なのだが、キャンバス地のシューズの黄ばみでお困りの人も多いようですね。
 これは、酢で解決する...という記事をあちこちで見掛ける。僕はやったことがないので知らないが、きちんと手順を踏んでやれば、本当に白くなるようで。おもしろいですねぇ。
 やり方は、それらのページを見てください。うまくいかない場合のヒントもあります。

 ソールまわりの黄ばみに戻ろう。
 先に書いたように、類似の記事はいろいろとヒットする。しかしヒットするだけではない。「ソールの黄ばみはどうやっても取れん!」と、怒られるのである。マジか。それじゃ、なんの解決にもならないよう。悲しいよう。
 それだけではない。眉唾な情報とか、いやその方法はいかがなものか...という情報も出てくる。激落ちくんで擦れとか。消毒スプレーを吹き付けろとか。あるいはそれで落ちる汚れもあるのかもしれないけど、なんだかなぁ。
 と、よくわからないことがいっぱい書いてあるのだが、それらはともかく、実は違う黄ばみを取る方法がある。あるのだ。思い付いて、やってみたら黄ばみが取れた! という方法が。

 先に写真を掲載いたしましょう。

ShoesBleaching_01.jpg > あら不思議。

 もちろん、100%完璧にできるかどうかは、わからない。同じ黄ばみでも、質が違うものもあるかもしれないし。それにおそらく処置の仕方しだいで、結果にブレも出てくるだろう。やや手間がかかるから。
 しかし僕は、思い付きを試して、うまくいった。ソールまわりが黄ばんだ手許のシューズ2足を、いずれも白く蘇らせた。

 使ったのは「ワイドハイターEXパワー」である。
 どこかの他サイトの記事には、「ハイターでは白くならない」という発言がいくつか見受けられる。それは間違えてはいないが、正確ではない。「ハイターだけでは白くならない」と言うべきである。
 そうです。ハイター「だけ」使っても、シューズのソールは漂白できないのだ。

 もうひとつ必要なのは、日光である。


 以下、僕の処置手順です。

1. とりあえずシューズを洗って、付いている汚れを落とす。僕は、洗剤も使わずソールまわりだけ洗った。

2. ラップを広げて、シューズを置く。

3. ソールのまわりに、ワイドハイターEXパワーを塗る。慣れたらすばやくできるよ。

4. シューズをラップで包む。

5. 約4時間、日光浴。

6. ラップをはがして、ハイターを洗い流す。

 以上。


 詳細と追加事項を書いていきますね。

 ラップで包むのは、他にいい方法があれば、それでいい。ようするに、乾き防止みたいなもののつもり。しかし日光に当たらなきゃ意味がないので、とりあえず今回はラップを使った。ポリ袋のようなものでもいいかも?
 ラップで包んでも、暑い日などであれば、塗った上の方は1時間もあれば乾いてしまうかもしれない。
 僕はあまり気にしなかったけど、途中でハイターを追加投入してもいいだろう。早ければ1時間程度でも白くなってるので、黄ばみが残っているところに追加で塗ってやるのだ。

 日光浴中は、こんな感じであった。
ShoesBleaching_02.jpg > ぬくぬく。

 僕は、ラップを包んで留めるのに、紙テープを使った。工業用テープだとか、製本テープなどと呼ばれることもある。白い、紙のテープである。注射の後、刺し口に脱脂綿を留めるのに使うのと同じ感じの。
 セロテープでもいいんだろうけど、セロテープをシューズに貼るのにちょっと抵抗を感じたので。ちなみにわざわざ買ってきたわけじゃなくて、ちょうど持っていた紙テープだ。かつては僕の必需品だったからねー。

 ほんで、難しいのは、ハイターを塗る時である。
 筆などの方が絶対にいいと思うけど、僕はあいにくこんな用途に使える筆を持っていなかった(もったいない)ので、歯ブラシを使った(新品の、不要な歯ブラシ)。ただ、洗うわけじゃないから、ブラシらしくは使わない。ただ、塗るだけである。
 筆に比べると毛が硬い歯ブラシは、下手すると毛が跳ねてハイターが飛び散る。気を付けてくださいね(後日、さらにもう1足ほど漂白。ついに筆を使いましたが、歯ブラシより圧倒的に塗りやすいです。当然だけど。ただ、筆は筆特有のブラシとは違った「飛び散り」があるので、そこはご注意ください)。

 こういう細かい作業なので、テキトーにええかげんにやると、全体を綺麗に白くできない...かもしれない。当然、期待した結果は得られない。
 ここに掲載した写真は2足目なのだが、1足目は加減もわからないし、少しばかり粗いやり方になっていたので、隅の方とか黄ばみがいくらか残ってしまった。もっとも、それでも見違えるほど白くなったけど。不完全な結果でも、軽く感動してしまった。

 では、黄ばみが残りやすいのは、どのあたり?

ShoesBleaching_03.jpg > 赤いところなど。

 写真で赤くなぞったあたり、ソールの上側の端(皮革との際の部分)とか、先端の上側、先端の左右や奥の脇...そういった細かいところや乾きやすいところが、黄ばみが残りやすいだ場所だ。
 1足目で多少残ってしまったので、2足目で補強処置をしたところ、さらに白くできた。ハイターの追加投入や丁寧な処置で、解決するようである。

 面倒くさい人は、どぼーん! と豪快にいってもいいかもしれないが、僕はそんな勇気を持ち合わせてはいない。
 漂白剤はけして生易しいものではないので、全体を豪快に浸けるとか、シューズの場合には避けた方がいいんじゃないかと思う。たぶん。知らんけど。
 当然だが、シューズが傷んでも、何が起こっても、僕は責任取れません。
 ソールの外周だけ浸して、先端とか浸からない部分は別の処置をするのも手かもしれないなぁ。

 日光浴の時間は、もしかしたら4時間もいらないかも。
 注意点は、置き場所だ。4時間なりなんなり、その時間はしっかり日光が当たる場所に置くことだ。思わぬ死角が影を落とすこともありますよ。南に開けた、東西に邪魔になりそうなものがない場所がいいでしょうねぇ。

 手間がかかるのが欠点だが、他にも欠点があるかどうかはわからない。たとえば、ソールの強度とか腐食に変化や影響はないのか...とか。日光に晒すベストな時間もわからない。長く浸けすぎるとよくないとか、あるかもしれない。
 実際のところ、成分名のみを突き合わせれば、溶けちゃったりするんじゃないの? とか、有毒ガスが発生しかねないような組み合わせなんかもある。見た目は同じようでも、中身は違う...なんてことは、化学製品には多い。ゴム質のものもまた同様で、ソールの材質は様々なのだ。漂白液の成分も、ひとつじゃない。
 ここでは、具体的な注意すべき成分名などは挙げません。そのあたりは僕もわからないことが多いし、網羅もできない。これなら大丈夫! とも言えない。自分で調べてね。
 無責任なようだが、そんな責任も取れません。これはあくまで、僕の試した結果なのです。やってみるなら、あくまで自己責任でどうぞ。

 なんにしろ、そんなこんなでめでたく白くなりました。僕はこれで満足だ。

 では、もう一度。
ShoesBleaching_01.jpg

 このシューズ。10年以上前に購入したものだ。傷みはあまりないのでまだまだ履けるけど、黄ばみが気になって、最近は靴箱に入ったままだった。祝・復活。


 ちなみにさらに調べてみると、似たようなことをしてる人はいるもので、ハイターと日光で、プラ系の黄ばみを漂白した人だとかもいた。こういうものは、ドボンといけて楽である。
 僕はただの思い付きでやってみたらうまくいったのだが、中には科学的な根拠(のようなもの)に基づいて実行してる人もいた。頭が下がります。

 あと、僕はハイターを使ったけれど、漂白剤には、成分は違えど類似する機能を持つものが他にもある。それでも同様に白くなると思われる。
 一応繰り返しておくが、いずれにしても日光はポイントですよ。あとは自己責任と。
 お陽さん、偉大なり。


【追記】
 僕の「思い付き」とやらについて、追記しておきます。
 シューズの白いソールの黄ばみに困っている人は、広い世界に結構いるんだろうと思う。実のところ、それ専用の漂白液のごときものが、製品として販売されているのだ。
 販売サイトは多くはないが、輸入品をネットショップなどで入手できる。これを買って使えば、問題解決だ。しかし、けして安くはない。ここがネックである。
 この製品の成分を見ると、一般的な漂白剤に共通して使われているものと、よく似たものが入っている。細かい成分名や分量はともかく、その働きとしては同じものなのだ。
 だったら、ハイターとか同等の漂白剤でもいいんじゃね? よし、試してみよう! その方が安上がりだし! というのが、僕の「思い付き」の経緯である。
 ぶっちゃけ、ただの真似なのだ。
 どうやってシューズを液に浸しておくか、ここでさんざん悩みましたが。いろいろやり方は考えてみたのだが、結局は、某製品と同じようにラップを使ったのであった。
 ラップの使い方は、僕の「こんな具合かな」という感覚だけど。

 後でキーワードを変えて調べたところ、「ハイター+日光」でプラ系の黄ばみを白くすることが、この記事を書く2年ばかり前にちょっとした流行りになっていたようですね。ブログや Twitter で話題になっていた様子が伺える。知らなんだー。
 しかし、同じことを、シューズのソールのような材質のもので試した人はいないんだろうか。僕が検索した時は、かなり探し回ったけど出てこなかったんだよね。
 まぁとにもかくにも、プラでなくてもできることはわかったわけでして。問題はあるかもしれないけど、僕は満足なので、めでたしめでたし。

計算控えは便利なもの

 iPhone6 にして困ったことは、使えなくなった、あるいは使いにくくなったアプリがあることだ。
 例えば、メモモモ。iPhone6 でも使えるのだが、まだ iPhone6 のサイズと iOS8 に対応していない。だから現状では見た目がスッキリしないし、カーソル移動も難がある。それでも使ってるけど。ちょこっとメモを置いておくのに便利だから、手放せない。
 こういったアプリが、どうしても出てくる。

 そんな中で一番困ったアプリは、CalcNote である。「計算ノート」という名前でも出回っていた。
 これは、リストに項目と数字を入力すると、その合計を出してくれる、計算機能付きのノートというか、リストというか、そんな感じのものだ。
 Excel などの表計算でも、計算だけなら同じことができる。でも、表計算だと見た目がイケてない。広すぎる不要なスペースもある。計算し直そうとしたら、計算式を書き換えないといけない。メモをたくさん残すように使おうと思ったら、必ずしも使い勝手がいいわけではない。
 CalcNote は、ノート内での各項目は、四則演算と消し込みが簡単に切り替えられるようになっていた。もちろん作ったノートの名称(ファイル名みたいなもの)は、自由に付けられる。ノートは、フォルダに分けることもできる。
 そんな具合で、非常に便利であった。
 必要なものを書き出して、その値段の合計を出したい時ってあると思う。買わなきゃならないもの、予想される出費や経費の概算、お買い物の予定金額の内訳...などなど。ちょこっと計算したいだけなのに、表計算だと使い勝手が悪いし、大仰なのだ。「大は小を兼ねる」と言うには、大きすぎてかえって便利が悪い。
 計算だけができればいいわけじゃなくて、メモとして残しておきたい。だから計算機でも不都合だ。計算の履歴なら残せる計算機もあるが、履歴が欲しいわけじゃない。
 必要充分な決まった入力欄だけがあるノートのような CalcNote は、こんな時に重宝していた。

 しかしこれが、iOS8 で使い物にならなくなった。
 全く使えないわけでもなくて、過去に作ったノートの使い回しならできる。ところが新しいノートや項目が、まったく追加できない。これは困る。すごく困る。
 ほいで、代わりのアプリを探したわけですね。使えないしアップデートされそうもないなら、代わりを探さざるを得ない。
 似たようなアプリから探し始めたのだが、気に入ったものはなかった。類似アプリはあるけど、使い勝手が悪いのだ。四則演算ができない(加算・減算のみ対応など)とか、できても四則演算を簡単に切り替えられないし、消し込みもできず、分類も難しく...といった按配で。
 僕が試した限りでは、どれも「とりあえず最低限のことはできますよ」というようなアプリなのだ。

 家計簿系のアプリにも手を広げて、20種類以上インストールしてみた。明らかに僕の希望に合わないアプリは除外しつつ。

 最後に残ったのは、Money Care であった。昨年の秋から、これを使っている。多機能な家計簿的アプリである。
 見た目が気に入ったのもあるんだけど、1か月単位でリストのように表示できる点が好印象。1ページにまとめたような表示で、前後の月にはフリックするか、ナビゲーションをタップして移動する。なかなか気持ちがいい。
 羅列だけなら他のアプリもできるのだが、どうもスッキリしなかったのだ。

 四則演算の切り替えや、項目の消し込みはできない。家計簿系のアプリだから、当然ではある。でもここは、割り切ることにした。必要なら、マイナスはマイナスで打ち込む(アプリにとってのマイナスで)。
 割り切りは、それだけではない。先に書いた通り、当初は CalcNote から乗り換えるアプリを考えていたのだが、代替となるアプリがないので完全移行はあきらめた。CalcNote で過去に作ったノートを使い回すことはできるので、CalcNote と Money Care で作業を分担することにした。
 分担させても、気持ちよく使えればそれでいいのだ。今のところ、特に面倒は感じていない。

 Money Care の項目表示は、日付順である。まるでカレンダーアプリのように。そこで僕は、月の頭(1日)に、毎月決まっている項目を入力することにした。これ、一度入力した項目は、次回入力時に項目名と金額の候補がセットで表示される。ここも好感度アップ。項目を丸ごとコピーはできないものの、入力は楽ですね。
 逆に月末の日付で、既にわかっている不定期な予定項目を入力しておく。購入予定のものとかね。
 あとは適当に、随時追加する。追加分は、追加した日の日付のまま放置する。いちいち変えるのは面倒だしね。単に日付の順なので、万が一不都合がある時だけ変更すればいい。
 中には、次の月に越す項目も出てくる。そんな時は、処理日の月を変更する。日付をタップしてダイヤルを回すだけなので、手間ではない。

 あと、計算には含めないけど、例えば覚書にメモしておきたい予定がある時には、項目だけ入れておくこともある。金額は 0円にして。

 各項目の金額の右には、小さなアイコンのようなマークが表示される。これもおもしろいですね。
 未来の日付で入力すると、「×」が付く。入力日を過ぎると、「!」に変わる。詳しくは知らないが、事前に入力してそのままのもの、つまり決済処理されてないものに警告として付くんだと思う。後から入力した項目には、チェックマークが付く。
 このマークはそれぞれ、タップすると表示が切り替わる。「!」を、完了項目としてチェックマークに変更できるわけですね。たぶん。

 カテゴリーの設定などもできるのだが、僕は使っていない。家計簿として使ってないから、必要ないのだ。
 その他、分析やタグ、資産管理など、多機能でできることがいろいろあるのだが、いずれも僕は使っていない。アプリの作者が聞いたら、あまりにも想定とかけ離れた使い方に泣きそうですね。検索もできますよ。
 ちなみに日本語には未対応のアプリだけど、利用する機能が限定されててらしくない使い方なので、操作に迷うことはない。

 まったくもって、変な使い方ですねー。

無駄な議論に辟易と

 先日、某番組でまたまた訳のわからない発言が流れていたようですね。
「同性婚を認めたら、少子化に拍車がかかる」などと。

 もちろんそんなことはあり得ないのだが、この答はさほど難しいものではない。少し考えれば、簡単にわかることだ。
 ご大層にかしこまって議論してみたり、政治家だの知識人と呼ばれる人たちだのが、さもこれが真実であるかのように口にしてみたりする。
 しかし実際には、そこには価値のある話があるわけでもなく、ただその人の認識の程度が知れるだけのことですね。答は明白なのだから。
 こんな簡単な問題がわからないのは、よほどなにも考えていないのか、なんなのか。認識不足にも満たない、稚拙で幼稚な発言だ。
 情けない限りである。

 はっきり言って、無駄な議論だ。議論にすらなり得ない。

 同性婚が法的に認められようが認められまいが、同性愛者は増えも減りもしない。少子化には、ほぼなんの影響も与えない。
 簡単に言えば、これで話は終わりである。

 海外のデータを引き合いに、同性婚と少子化との因果関係は認められないことを示したサイトなどもある。データとして提示されれば数字上のわかりやすさがあるので、意義は大きい。
 でもね、そんな話を持ち出すまでもないのだ。しごく簡単な話なのだから。
 簡単な話なんだけど、同性愛者を認めたくないんだろう。思考停止でもしているのか、わからない人にはこんな簡単なことですらわからない。
 誠に不思議なことに。

 同性愛者だけど、今は異性と結婚して子供を産み育てている人が、そうしなくなる...などと、もっともらしい理屈を付ける人もいる。
 いやいや、その理論が崩壊したような理屈はいったいなんですか。
 同性愛者を少数者であると知っていて、しかも場合によっては同じ口が、少数派は認めないとまで言いながら、なぜこんな屁理屈が言えるのだろう。社会に与える影響は、それほど大きなものですか?
 びっくりするなぁ。

 同性愛者の割合は正確にはわからないが、おおよそ 5〜8%程度だと言われている。数字の高い報告では、10%というデータもある。
 そんな同性愛者が、どれほど少子化に影響を与えられるというのだろう。
 さらに言えば、子育てもしたい同性愛者は少なからずいる。出生率には何の影響もないけれど、親子関係のある家庭はむしろ増えるかもしれませんね。
 微々たるものだけど。

 少子化には、同性愛者とは無関係の、多様で複合的な問題が横たわっている。それを直視しない限り、解決することはないだろう。
 なのに、同性婚が諸悪の根源であるかのように言うのは、話のすり替えもさることながら、トンチンカンなこの論自体がまさに差別そのものであって、おおいに問題を抱えている。

 伝統的な家族制度が...などというフレーズも、都合よく使われますね。
 それはなんですか。何を指してますか?
 伝統的と言いながら、彼らの言う伝統は、所詮200年にも満たない浅い歴史の「伝統」を指していることが多々ある。それが本当に「伝統」と言えるものかどうかはともかく。
 あるいはそれは、彼らの考える「正しい家族」、つまり、両親がいて子供がいる「健全な家族」でしかない。狭い見方ですね。これでいけば、それ以外の家族は「正しくない」ということになる。「正しく」なければ、認められないことになる。
 親がいなければ、「正しく」ないのかな。子供がいなければ、「正しく」ないのかな。家族の構成なんて、正しいだの正しくないだのというようなものではないはずだ。しかも彼らは、これまた同じ口で、現実に合わない憲法がどうだとか唱えたりするので、もう何が何だか。
 そして以前にも書いたことがあるが、その「正しい」「普通の」家族が抱える問題は大きい。普段無視しているそれを、直視する方が先だろうに。
 いずれにせよ、やはり同性愛者は増えも減りもしない。

 少し脇道にそれるが、都某区の同性パートナーを認める動きに関連して、やはり反対勢力もある。
 ここでも曰く、伝統的家族制度が混乱し、普通の人々が脅かされる...と。トンデモな笑える話の典型ですねぇ。
 普通の人が脅かされるとも主張するが、こういった勢力は、要するに同性愛者を認めたくないだけなんだろう。だからこういった言説には、悪意すら感じる非常に恣意的で限定的で、一方的な見地が色濃く出ている。配布物に書かれたことなど、一文一文にいちいちツッコミどころが満載で、的を外しまくったくだらないものだ。
 また、少数派の何が、それほどまでに大きな影響を与えることができるというのか論理的に説明して欲しいものだが、そんなことができる人はいない。そもそもそんな危機はないのだから。存在しない危機を、危機だと言っているのだから。
 さらに彼らは、多様化することが悪であるかのようにも言うことがある。
 もともとこの世は、あるいは社会は、あるいは人間は多様なものであって、均質ではない。それを画一的、平均的にしか捉えようとしていないんじゃないかな。
 このような「違いを認められない」人たちこそ、むしろ社会を蝕むように思える。
 しかし一方で、彼らは自分の領域が侵されると、声高に少数者や弱者としての自分の権利を主張するものだ。ますます訳がわからなくなってきますね。

 こういう訳のわからない屁理屈を正義のように言う人には、その根拠を示すことができなかったり、どのような影響があるのか因果関係を説明できなかったり、重大な認識の誤りに気付けなかったりする人が多いですね。
 かの議員殿も、一事が万事であるならば、早々に議員などお辞めになった方が世の人々は幸せになれるかもしれない。

 不利にしないようにすることと、正面から認めることの間にはやはりギャップがあります...などという発言など、言い訳にもならない。
 自分が同性愛者を認められない(生理的にだかどうだか知らないが)、あるいは理解することができない(理解力や想像力、共感力に欠けているために?)、それを体良く綺麗に言い直しただけのことだろう。
 ギャップがあろうがなかろうが、認めればいいだけの話だ。人が人であることをね。
 しかしどうやらそれができず、「私は嫌いだから認めたくありません」とは言わずに、「ギャップがある」などとうそぶいてみせる。自分が、理解する能力を持ち合わせていないことは棚に上げて。これが差別なんだと指摘しても、おそらく理解できないだろう。
 ギャップがあるからどうしたというのか。それが法的に認められてしかるべきこと、言い換えるならより多くの人の「人として普通に生きたい」という希望に応える環境を整えることと、何か関係があるのだろうか。ギャップがあるというなら、むしろそのギャップを埋めてはいかがでしょう。
 ギャップの有無など、理由にも言い訳にもならない。
 そもそもこの世はギャップで溢れてますが、さてどうするの? それらこの世に存在するギャップが認められないと言うのなら、もはや死ぬしかなくなる。

 多くの場合、弱者たる少数者に暮らしやすい社会は、多数者にとっても暮らしやすい社会であることすら理解できていないようで。政治家であるにもかかわらず。
 議員たる価値があるのでしょうかねぇ(念のために付け加えておくが、少数者優遇を推進しろと言っているのではない)。
 彼らの言うことは、事実ではなく、単なる個人の思想や感情だ。事実でないものを、事実と同様に事実だと言っているのだ。
 このあたりの話は、また日を改めて書こうかな。

 こんな考えの人は、少なからずいる。これは単に、電波に乗って流れた、その代表例のひとつに過ぎない。
 場合によっては、テレビ局を含めて、番組に関わったすべての人が、同罪にもなりかねないだろう。今回の番組自体は、そうではないようだけど。

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