2017年12月アーカイブ

若き法師の先達は

 パンダが随分大きくなった。無事に育っているようで、喜ばしいことである。

 喜ばしいことなのだが、では僕が強い、あるいはそれなりの強さの興味・関心をパンダに対して持っているかといえば、そうでもない。さりとて、興味がないわけでもない。
 パンダはかわいいとは思うのだが、どこか醒めたようなところがある。なぜだろう。わからない。わからないが、多方面で上野のパンダだけをことさらに取り上げて大変賑やかしくて、その影響もいくらかはありそうだ。まわりが騒ぎすぎてると、かえって萎えてくるような。
 好きか嫌いかと問われればやはり好きだしかわいくてたまらないんだけれど、かといって、例えば「パンダのためだけにでも動物園へ出掛けよう」という気にはならない。どのみちパンダのいる動物園はいずれも遠いから、簡単に行けるものでもないが。

 そんな僕でも、上野動物園へ足を運んだことはある。
 動物は全般的に、好きと言っていい。動物園や水族館には、一人でも平気で行く。行っちゃう。行けちゃう。
 以前 Twitter などで、「ぼっち検定」のようなものが幾通りか流行り病のようにどんぶらこどんぶらこしていたことがあるが、僕はかなりの「高得点」を叩き出すはずだ。一人じゃなきゃ嫌なわけでもないけれど、友人などとはなかなか時間も合わないし、まぁたいていは一人で充分なのだ。
 ただ、一人になりたい時だってあるのは当然のこととして、時間の合う人がいた頃は、時々誘って出掛けたりもしていたものだ。今は、ほぼもっぱら一人である。

 話を戻して、上野。

 もちろんというべきか、1番の目的はパンダではなかった。上野で見たい動物を順に並べるとしたら、パンダは2番目といったところ。
 では、1番目は何か。オカピである。
 オカピはその昔、幻の動物とも言われた不思議な見てくれの動物だ。一見すると馬のようで、四肢にはご丁寧に縞模様まであるので(特に、お尻から後ろ脚にかけてがよく目立つ)、シマウマの仲間だなんて勘違いされることもある。実際、されていたのだが。
 しかし、そこかしこにキリンと同じ特徴を備える。特に、顔まわりや舌、脚先(蹄)などが特徴的ではないかと思う。まぁ、キリンの仲間だから、そういうものだ。しかも、キリンよりもキリンの祖先に近いといわれているので、さもありなん。そういう意味では、オカピがキリンに似ているのではなくて、キリンがオカピに似ているというべきかもしれないが、今ここではどっちだっていい。
 たかが動物園と笑われそうだが、オカピとの面会には感動すら覚えた。
 何より、その大きさに驚いた。知識として知ってはいても、こうした想像力の乏しい僕のことだ。いや、想像力というよりも、「実感」とでも言うべきか。目の当たりにしてみると、想像を超えて大きいのだ。やはり、実物にはかなわない。

 さて、そんな上野のパンダといえば、S津くんを思い出す。
 S津くんは、かつて一緒に働いていた大学生の男のコだ。高校卒業後、すぐにバイトを始めた若い子で、入社当初はとても初々しく、またウブでもあった。いくらか「影のようなもの」も合わせ持っていたが。
その「影」の意味は後年知ることになるのだけれど、ここでは割愛する。

 ある時、用事があって東京まで出向いたS津くん。広島に帰ってから、僕にこう言ったのだ。
「パンダ、いませんでした」
 ええ、それはそうでしょうね。
 上野にはパンダがいない時期がおよそ3年ほどあったが、そのいずれかの冬だったと記憶している。それと知らぬまま、いない時を狙ったように上野に行き、現場で初めて事実を知る。そんなS津くんは、確かに少々せっかちな部分がある。そして、世相にもやや疎い。
 事情を説明してあげると、「あちゃー」「知らなかったー」としきりに言っていた。

 しかし、話はこれで終わらない。

 早とちりなS津くんがひとしきり残念がった後で、こう続けたのだ。
「上野動物園って、キリンがいないんですね」
 S津くんが東京まで来たついでにと上野動物園へ足を運んだのは、キリンを見たかったからでもある。最も会いたかったであろうキリンに会えなかっただけならまだしも、キリンが「いない」だと?
 いや、ちょっと待ってくれ。そんなわけはない。
「いるよ」と答えると、彼は否定するのだ。「いませんでしたよ?」と。何度「いる」と言っても、「え? いませんでしたよ?」を繰り返す。
 そこでふと、彼の日頃の言動に思い当たる。
 まさか、半分しかまわっていないんじゃあなかろうか...。S津くんなら、あり得る話だ。そう思って、僕は切り出した。
「もしかして、全部まわらんかったんじゃない?」
 しかし彼は、当然のように否定する。
「いや、全部見てまわりましたよ?」
「森みたいなところの急な坂道、降りた?」
「え? なんですか、それ」
 やっぱりだ。やっぱりこのコ、半分しかまわってない。
 僕は更に、質問を重ねていく。
「大きな池のそば、通った?」
「え? 池なんて、ありませんでしたよ」
「オカピ、見とらんじゃろ」
「オカピ? なんですか、それ」
「サンショウウオとか、見んかったじゃろ」
「そんなん、いましたっけ」
「サイもカバもシマウマも、爬虫類とか両生類も見とらんじゃろ」
「そんなのいるんですか? 見てませんよ?」
 もはや、尋問である。
 行ったことのある人ならわかると思うが、上野動物園はエリアが大きくふたつに分かれている。東園と西園である。
 JR上野駅から近いのは、表門のある東園だ。入ってすぐの右手に、パンダがいる。その他、ゴリラやトラなどの猛禽類、ゾウ、ホッキョクグマにアザラシ、日本の動物の他、鳥類の多くが見られる。たしか猿山があるのも、東園。
 一方の西園には、2か所の出入り口がある。こちらはアフリカはサバンナに生息する動物の多くや、その他のサルの仲間、鳥類の一部、爬虫類、両生類などに会うことができる。
 このふたつのエリアを隔てているのが「森」で、それらをつなぐのが坂道およびモノレールなのである。
 西園エリアをクリアしなかったであろうS津くんのために、上野動物園がどうなっているのか、おおよそ説明する。
「上野はエリアがふたつに分かれてて、段違いみたいになってんの」「途中、東園の奥にモノレールがあって、その横に坂道があって、降りたら大きい池があるんよ」「池をぐるっとまわったら、その先にカバとかシマウマと並んで、キリンもおるよ」「ほんで、キリンの隣にオカピがおるんよ」
 そんな感じで。オカピがどんな動物なのかも、ついでに教えておいた。「たいていの人はパンダが一番に見たいかも知れんけど、僕はオカピが一番に見たい」という一言も添えて。
 上野に行ってオカピを見ないとか、なんてもったいない。しかも、パンダに会えなかった上に、S津くんの一番の目的のキリンも見てないなんて! 何をしに行ったのであろうか。
 あちゃー、しまったー...を繰り返すS津くん。
 まぁ仕方がない。笑いながらも、ちょっとくらいはかわいそうにも思えてくる。だが、同情までは感じない。

 しかしさらに、衝撃の発言が待っていた。

「広島に動物園って、ありませんよねー」
 は? あるよ?
「え! 動物園、あるんですか!?」
 安佐動物公園を知らんのかー! あと、福山にもあるんだよ。
「え、嘘でしょ? あったんですか!?」
 おまえはそれでも、広島県人かー!
 あとね、安佐動物園に、キリンもおるよ。
「え? キリン、広島にもいるんですか!?」
 はい、ご愁傷さまでございます。



*福山市立動物園にもいます。