2017年3月アーカイブ

逝って望むもの

・葬式不要
・墓不要
・即刻焼却
・骨不要
・灰の処分にこだわりなし

 唐突な始まりですが、人それぞれ、死んだ後のことについて希望がある人は少なくないだろう。逆に、一切考えない人もいるだろう。

 僕はどうかといえば、まったく考えていないわけではないけど、事細かにあれこれ希望があるわけでもない。昨今、「終活」などというものが取りざたされることが多くなっているけれど、そうした準備などをしているわけでもない。

 んで、今のところ僕が望むことといえば、冒頭に挙げたことだけだ。

 簡単に言ってしまえば、なんにもいらないよ...と。焼く必要はあるけど、それ以外に望むものはない。
 告別だとか、浄めやら清めだとかもいらない。一切不要だ。だから、死んだら即刻、もたもたせずに迅速に、さっさと遺体を焼いてしまって欲しい。
 骨不要とは、灰になるまで焼く尽くしてしまえ...ということ。納骨もいらないし、拾ってもらいたいとも思わない。

 灰の処分方法についても、こだわりがない。「掃いて捨てる」で問題なし。ただし、現実的には法的な問題もあって、「自由に処分」できるわけではないけどね。
 希望としては、なんにも「特別なこと」はいらないんだよね。

 遺産のことは、考えてない。
 もっとも、残せるほどのものはないんだけれど、ね。

 しかし、ですよ。
 葬式のようなものは、僕としてはいらないんだけど、さらにはその時存在しているかどうかもわからないことだけれど、残されて僕を悼んでくれるような人がもし残っていたとしたら、その人たちにとっては必要なことなのかもしれない。そう考えたりもする。
 思うに、死後の儀式のようなものは、まだ生きている人にとってこそ必要な場合があるんじゃないかと。気持ちの区切りや、整理の期間として。

 だから、せめて代わりの何かが必要だというのなら...。

 冒頭に挙げた僕の希望することのすべてが終わった後で、好きなようにして欲しい。
 僕としては、バッハの「4つの序曲」から「管弦楽組曲 第3番 第2曲」、いわゆる「G線上のアリア」にあたる曲をお祈りの代わりにでも流して、偲ぶなりなんなり好きに過ごしてくれればよろしいかと。

 淡泊と言われようがなんだろうが、僕は何もいらないのだ。