2016年2月アーカイブ

若き悩みも今深し

 検索キーワードには、自分が同性愛者で悩みを抱えているのかな...と思えるものもあったりする。
 その中には、同性に惹かれるとか、何らかのことで自分が同性愛らしいと気付いて、悩んでいるのかもしれないなと想像してしまうようなものもある。そんな悩みなどは、質問サイトにも時々投稿されているようですね。
 この種の悩みを持つ人には、中学生・高校生が多いんじゃないかと思う。若い人ほど、まわりからの「無理解」や「攻撃」に対する免疫がないし、それをなんとかする術がなくてなんともできなかったりするし、今現在や未来についての不安も大きいことだろう。
 では僕がなんとかしてあげられるかといえば、たぶん無理だ。
 当サイトに、どのくらいの同様の人がたどり着くものかもわからない。けれどそれはそれとして、僕の思うことを書き連ねておこう。

 焦る必要はないと思うのだ。

 同性愛者は、生きる意味があるのか...。そんな悩みを抱える人もいる。
 同性愛者かどうかは、もっと広くいえばセクシュアリティの違いは、基本的な自分自身の生きる意味とは関係のないことだ。
 生きる上でそこに意味を見いだすことはあり得るし、アイデンティティとまったく無関係でもない。しかし自分が自分として生きて行くことができれば、それでいいのではないだろうか。せっかく生まれてきたんだから。セクシュアリティがどうであろうともね。

 今、自分が同性愛者かどうかで戸惑っているかもしれない。自分は同性愛者なんじゃないかと気付き、不安や恐怖を感じているかもしれない。同性愛者なんだろうなと思いつつも、認めるのが怖いのかもしれない。
 仮に同性愛者だとしても、すぐにはそれを認められなくても構わないと思う。実際に、中学の頃に気付いてはいたけれど、大学生になってから、成人してから自分で認めることができたという人もたくさんいる。
 それでいい。何も問題はない。

 こんな悩みを抱えている時期は、それがゲイの人であれば、女性と付き合ってみようか...と考えたり、自分を好いてくれる女性に告白されて付き合ってみる人もいる。
 性というものはグラデーションのようなもので、裏と表のようにはっきりと分けるのは難しい。もし女性にも興味が持てるのであれば、バイセクシュアル(両性愛)、またはその傾向もあるのかもしれない。
 反対に、女性にはまったく、あるいはほとんど興味が持てないのであれば、もしかしたら無理に付き合わない方が彼女のためかもしれない。異性と付き合ったからといって、セクシュアリティが変わるわけじゃない。それでも付き合ってみれば、自分に納得できることもあるだろう。しかし無理に付き合えば、後々彼女を傷付けてしまいかねない。
 そうでないのなら、付き合ってみるのもいいと思う。それで幸せでいられるなら、そう生きる道もある。

 仮に付き合ってみて「やっぱりダメだ」とわかったとしても、自分を責めることはない。あなたはあなたのままでいい。
 その時は、同性愛者として生きればいいことだ。たとえすぐには、自分が同性愛者だということを受け入れられなかったとしても。
 いくらか彼女を傷付けてしまうかもしれないことが、心配ではあるけれど。

 自分がゲイだと確信したとしても、それはそのままでいい。
 やっぱり同性愛者なんだと思った時、悲観する人もいるだろう。生きてていいのかなって、また悩むこともあるだろう。そうは思っても、すぐには受け入れられないこともあるだろう。
 すぐに自分の気持ちに折り合いがつけられるなら、気持ちとしては幸いだ。
 しかしそうできなかったとしても、無理に変えることはない。自分を卑下することもない。自分は生きていても仕方がないなんて、思う必要もない。

 同性愛に限らず、ヘテロとは違うセクシュアリティ、いわゆるマイノリティなセクシュアリティは、社会的にはまだまだ充分に認められているとはいえない。だから、その意味では楽ではない。でも、もしも同性愛者だと自覚したのなら、そう生きる方が、自分を偽らないという気持ちの上では幸せでいられるだろう。
 自分を偽ることは、なかなか辛いものだ。それは残念ながら、当事者にしかわからない。まわりはそれを、わかってはくれない。
 それでも、そう生きる方が幸せでいられるだろう。

 自分が自分として、当たり前の自分として生きることは、とても大切なことだと思うのだ。