2014年9月アーカイブ

無人島に音楽を

 ちょっとしたネタなどで、こんな質問をされることがある。

「無人島にCDを1枚だけ持っていけるとしたら、何を選ぶ?」

 そんな意味の質問だ。この時、無人島じゃ CD 聴けないから、ただ毎日円盤を眺めてるしかないんじゃ...などといった疑問を差し挟んではならない。普通はそんなことする人、いないけど。

 僕は、何だろう。
 これが入ってる CD がいいかな...と思うものはあるのだが、具体的にどの CD かということになると、選ぶのが難しいというか、大変というか、とにかく迷ってしまう。
 しかし選ぶ CD に迷うだけで、曲は決まっている。
 J.S.バッハ「管弦楽組曲第3番」である。この第2曲は、いわゆる「G線上のアリア」として知られている曲と、ほぼ同じ曲だ。

 クラシックの CD を選ぶ時って、演奏者がどうかとか思ってしまうんだよね。僕はそれほどでもないけど、やたらと細かいことにこだわる人もいる。あの人の指揮がいいとか、あの楽団がいいとか、同じ楽団でも何年の録音がいいだとか、そのくらいならまだかわいいもんで、他にもまぁいろいろと。
 ほんでこの曲も、ご多分に漏れずいろんな録音がある。ここでどの演奏がどうだとか、評価とか解説とかするつもりはない。それが知りたければ、どこか他のサイトを探してくださいな。そういうサイトはたくさんあるので。

 ほんで、本題に戻りますが、この曲で、僕だとどうなるか。そうだなー。どれがいいだろう。
 ルツェルン弦楽合奏団、アムステルダムバロックオーケストラ、イングリッシュバロックソロイスツ。他にも心惹かれる演奏はたくさんあるけど、こんなあたりかな。おおよそ僕の好みが見て取れますね。たぶん。

 たいてい管弦楽組曲は何曲かが1枚に収められている(2枚組みで全曲収録もある)ので、厳密にはその組み合わせも無関係ではない。この収録曲の違いで選ぶこともできる。
 だけど、まぁだいたいこんなところです。

 なんでこの曲なのかは、自分の生死観的なものとも関係がある。関係あるのは、第2曲だけだけど。
 そのあたりのことは、またいずれ。

微妙なポイントこそ命

 褌。フンドシである。
 みなさん、フンドシは好きですかー。フンドシにも、いろいろある。最近はカラフルなものも増えて、女性まで身に付けるとか。
 フンドシ好きは、結構いるんだよね。付けるのもだけど、愛でるのが。褌フェチ的な人がいるんですよね。

 さて、僕はといえば、自分では付けたことがない。ひとつくらい持っててもいいかな...とか思わないではないんだけどねぇ。
 で、フンドシ姿も萌えるには萌えるんだけど、なんでも OK なわけでもない。一部のフンドシには萌えるけど、萌えないのもいっぱいある。
 どう言えばいいのか、萌える微妙なポイントがあるのだ。

 フンドシといえど、一筋縄ではいかない。
 と言っても、これはフンドシに限った話ではないが。フェチみたいなものって、そうだよね。何事にも、許容範囲や微妙な萌えポイントがあるのは普通のことである。たぶん。
 服装に関する萌えの例を列挙してみよう。
 学ランとブレザー、ソックスの形状、好きなユニ、サカユニのソックスの色や履き方、競パンのメーカーやカラーリング、裸にはソックスかシューズか、女装はアリかナシか...。
 きりがないのでこのへんでやめるけど、野球のユニフォームで、シャツの形状だとか、ボタンの有無にこだわる人もいる。まことに深遠な世界ですね。
 ちなみにこれ、ゲイだからってわけじゃない。ヘテロにもヘテロのポイントはあるのだ。スカートとパンツとか、スカートならこういうのがいいとか、それはそれはいろいろと。

 さて、フンドシに戻ろう。
 フンドシにも種類がある。主なものは4種類ばかりかな。越中、もっこ、黒猫、そして六尺である。仮に主なものとして挙げてみたけど、いやこのピックアップは違うだろ...ということはあり得る。あり得るけど、それはここでは重要ではない。仮ですよ、仮。
 とにもかくにも、このうち僕が興味があるのは、六尺である。だからといって、六尺だけに興味があるわけでもない。でも、六尺が一番好きで、萌える。場合によっては黒猫もいいんだけど、他はさほどでもないんだよね。
 なんでって、説明は難しい。それは、あらゆるフェチが論理的に説明できないのと同じである。なんか物足りないんだよなー。

 この六尺褌、ただ六尺ならなんでもいいわけではない。
 六尺の延長で九尺も関係あるのだが、細かいことはともかく、要するにさらしの締め方にも複数通りある。この締め方が、僕にとっては結構重要なのだ。画像でも用意すれば一目瞭然なのだが、画像はない。ないったらないのだ。
 こう、全体的にシャープな感じ? ゆるゆるなのはダメだし、前が広がったような形も嫌だ。細めだけど、細すぎず。深さも、浅すぎず深すぎず。ヘソより上でくるくる巻く締め方もあるけど、あれはイマイチ萌えないのだ。
 腰回りはねじっててもねじってなくてもいいんだけど、太すぎるのはダメかな。それに、前に垂らさない締め方がいいねー。

 そんなこんなで、例えば褌の祭や画像があったとしても、褌姿の人が目の前にいたとしても、なんでも萌えるわけではないのだ。

 しかし話はこれで終わらない。これに、体型的な好みが付加される。僕だけがというわけではなくて、一般的にもね。マッチョがいいとか嫌だとか、その他諸々。
 人によっては、マッチョと褌の組み合わせできゃあきゃあ言ったりするものなんだけど(海水浴場で女のコの水着姿にきゃあきゃあ言うのと似てる?)、また別の人は、マッチョすぎるよ...とか、筋肉つき過ぎでキモチワルイ...とか言っちゃうわけです。もちろん、その締め方は萎えるよ...なんてこともあるわけだけど。
 こうして、さらに細分化されていくわけである(体形について付け加えておくと、「マッチョ&褌」好きには、細身の人に褌は似合わない! と断ずる人も多い。単に好き嫌いの話だと思いますが)。

 フェチというもの、まことに深遠ですね。

日記の流儀もカラフルで

 Evernote である。
 これは、いろんな使い方ができてしまう。使っている人が10人集まったら、10通りの使い方が集まるんじゃないかと思える。そのあたりの詳しいことは、改めて言うまでもあるまい。
 僕にも、僕なりの使い方がある。
 過去に書いた通り Webサイトの更新にも使っているのだが、その他にも雑多な情報のストックなどもする。この「とりあえず入れておこう」とか「溜めておこう」なんてことに、Evernote はなかなか便利である。無理に整理することもない。必要なものだけ分類して、残りは「その他」なんてことにしても問題ないかもしれない。
 いろいろ「書き溜めておく」という意味では、日記も似たようなものかもしれませんね。僕は日記にも、Evernote を使っている。ただし、保存だけだけど。

 どのくらいの人が、日記を書くものだろうか。
 書き方も千差万別だろうなぁ。紙かデジタルかに始まり、使うツールや書き方など、その人その人の流儀があるはずだ。
 日記を書こうと思う人は多いらしいが、これがなかなか続かない。僕もそうであった。スケジュール帳にメモ程度の日記を書くことすら、続かないことが多い。
 iPhone などに日記系のアプリがたくさんあるのも、書きたいけれど続かない人が多いからかもしれない。だから書かないとプッシュ通知で促したりするアプリも多いわけだけど、あれは煩わしいから嫌いだ。書きたい時に通知してくれるならまだしも、否応なく「書け!」と言ってくるわけで、今はその時じゃない...などという事情は、当然ながら考慮してくれない。
 みなさん、日記の継続には苦労されているようですね。なんで続かないんだろうねー。
 続ける意志が...とか言われたら、もはやそれまでだが。でも自分の感覚としては、意志とは別の何かなんだよね。よくわからんけど。

 僕はと言えば、当然の如く Mac や iPhone で、日記専用アプリをいくつか使ったことがある。しかしやはり、継続はなかなか難しい。どうしてかなー。不思議ですねぇ。
 アプリの場合、使い勝手が自分の感覚とマッチしないことも、原因としてありそうだ。

 専用アプリで一番続いたのは、iPhone の Diary+ だな。めずらしく、あれはまともに続けて使っていた。その流れで、今も日記は続けられている。日記といっても、簡単なメモ程度ですよ。毎日きちんと書いてもないし。
 まともに続けられていたならそのまま継続してもよさそうなものだが、今は Diary+ を使っていない。
 今の日記の軸は、Evernote である。Evernote にまとめてしまった方が、何かと便利だ。Mac でも閲覧できるしね。Diary+ には Mac 用アプリもあって同期もできるんだけど、僕の Snow Leopard には非対応なのだ。
 ただし、Evernote で日記用にノートを新規作成することはない。
 ノートの作成に使っているのは、EverGear である。PostEver や SmartEver などと同じように、Evernote にノートを送れるアプリですね。これを、iPhone で使っている。

 EverGear には、ひな形作成機能がある。自分で自由にひな形を作れるのだ。
 よくあるのが「○行日記」などだが、僕はこういった形式を決めていない。ひな形に入れているのは、「日付」+「の日記」だけだ。ひな形から新規でメモを作ると、1行目に「○月○日 の日記」と入力される。あとは、自分の思うままに記入する。
 日記の内容は、とりあえずメモだけしておいてもいい。後から編集して、送信するのだ。暇な時に、まとめて編集・送信することもよくある。
 送信先は、あらかじめ Evernote のノートブックを指定できる。日記用のノートブックを作って送信先に設定しておけば、あとは書いて送信するだけだ。
 毎日必ず書くのがベストだと思う。だけど僕は、そうしていない。1週間以上飛ぶことはまずないが、書きたい時だけ書いている。このゆるさも、続いてる理由かもしれないなぁ。

 EverGear は日記専用にしてあるので、他のノートの投下はしない。日記以外のノートには、PostEver を使うか、直接 Evernote を使う。稀にメールも使う。
 こういう割り切りは、必要かもしれない。オールインワンもいいのだが、目的を絞ると使い勝手が向上する場合もある。僕の場合、Evernote はオールインワン的だけど、それを補助するアプリは目的別なのだ。

 Diary+ から EverGear に変えてから、より書きやすくなったと思う。
 もともとは、単に日記も Evernote にまとめることにしただけなのだが、後から考えてみると、ノートが送信前後で分かれる点がポイントになっているようだ。そのおかげで、とりあえず項目だけ書き留めておいて後から編集・送信する場合でも、未編集かどうかで迷うことがない。Diary+ もよかったけど、こうはいかない。
 2年以上前から今も続いているから、この方法が僕には合っているんだろうなー。